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2011年03月15日 [00:00] 日記 

『東日本大震災』in千葉北東部3 困った時はお互い様

慣れ、って恐ろしいモノで、

震度3程度の余震では全然恐くない私が居ます。

オハヨウゴザイマス、Masです。
 
 
 
15:20頃……


私と親父は、避難場所の一つに着いた。

ソコには既に大勢の人が居て、

車を停めるスペースが無い程だった。

ソレでも何とか2台分停めるスペースを見つけ車を停める。

※ ちなみに、私、親父、母親と、それぞれが荷物を持ち車を運転してきた。
  尚、母親は途中で知り合いの姿を見つけて少々遅れた。

そして、しばし時間を潰す。

その間も防災無線は放送され続け、

その内容は、嫌でも鬱な気分にさせてくれる。

そうこうしている内、遅れて来た母親も合流。

家族で行動する事となった。

大勢が不安の中、

市の職員が忙しなく動いている。

津波が来た時の為との触れ込みで建物の中へ誘導しようにも、

殆どの人が動かない!!

どうしたら良いのか分からないのか、

あまり従う気が無いのか、

ちなみに我が家族は「あまり大勢が居る所には居たくない」だったり……

そんな中、近所の知り合いの家族を見つけた。

その一家には、身体が不自由なお婆さんが居て、

動かそうにも苦労している様子であった。

ソレを見て我が家族は行動を開始。

母親は市の職員に話し掛け、

私は一家を手伝ってお婆さんを車椅子に乗せる。

親父? 見てるだけ。

母親が上手く交渉し、

人が大勢居る大部屋では無く、

3畳ほどの小部屋の確保に成功。

早速、ウチとその一家は、その部屋の前に陣取る事になった。

一家の人からは、しきりにお礼を言われるが、

何の事は無い、

「困った時はお互い様」

と言う奴だ。

当然の事をしたまで。

――ただ……

下心が全く無かった訳では無い事を付け加えておく。

私と母親には、

「上手くすれば、大勢居る大部屋では無く、少数の小部屋を使える」

と言う内心の計算があった。

実際、その通りになったのだから万事OK。


……こうして、

泊まりになったとしても、

さほどストレスにならない環境を確保する事が出来たのである。



~ 続く ~
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